マッチョから君へ

お前が舵を取れ!

感想『富・戦争・叡智』バートン・ビッグス,望月衛(訳)

またまた投資関連本。将来資産家になった時のために…

サブタイトルに「株の先見力に学べ」、帯には「歴史の転換点をとらえる驚くべき市場の力を検証!」とある通り、この本の主題は戦争の優劣の分岐点に株価の動きが如何に先んじているかという話である。

まずは第一章での「群衆の叡智」のエピソードが興味をそそる。牛の体重当てコンテストでは家畜専門家の推定よりも参加者全員の回答の平均がはるかに正解に近いかったという。このあたりはどちらかと言うと統計学の話のようだ。「統計学が最強の学問である」とかいう本にも似たようなエピソードが出てきそう。知らんけど。

そのまま著者は第二次世界大戦の戦況と株価推移を結びつける理論を展開して行く。例えば、アメリカのダウ・ジョーンズ工業株平均はアメリカ軍が初めて日本に空母の損失を与えた珊瑚海海戦の一週間前を大底に反転している。イギリスの平均株価指数ダンケルクの戦いを大底として、ブリテンの戦いを前に反転している。逆にドイツCDAX指数はドイツ軍がモスクワに最も近づいた1941年末を最高到達地点としその後下落している。また、日本の実質株価指数もやはり1942年をピークにその後下落している。

情報統制下かつ、後になってみないと当事者たちでさえ重要性を理解できていなかった事象が株価反転の時期と重なっていることから、著者は市場だけが先見性を持ち戦争の行く末を見通していたと結論付けている。

なるほど納得できる推論であるが、一つ反論を挙げるならばそのような状況下でも重要な情報を入手、分析し先見性を持って市場に臨んでいた個人、または組織が存在していたという事実であろう。例として野村證券の創業者一族である野村家は、ミッドウェイ海戦の直後から独自の情報網で日本の敗戦を予測し、手持ち株の売却どころか大量の空売りまで行っていたというから驚く*1

もう一つ、言わせてもらうと結局のところ戦勝国は栄え、敗戦国の富は破壊されると言うそれだけの話のような気もする。当事国の天井・大底の時期が微妙に異なっていることからも、結局どこかのタイミングでは勝者の株価は上がり敗者の株価は下がっていっていただろうし、戦況が変わっていればその後にさらに新高値・安値を付けていただけではないだろうか。後年からそれらを見て株には先見性があると言われても結果論で、俗に言う「後出しじゃんけん」に過ぎないように感じる。ちなみに実際には日本やドイツの株価は大きく下がる前に国家の統制を受けた。逆に言えば少なくともこの時点では放っておけば株価が暴落することを国家は理解していたということでもある。

ところで、余談だが本書を読んだ後に「株の先見性」について調べていると東日本大震災の発生の数日前から直前にかけてに建設関連株、仮設ハウス関連株等の、後に「震災需要」によって繁盛した企業群の株価が上昇し、出来高も急増していたとの記事を発見した。非常にオカルティックな話ではあるが、もし事実ならこれこそ説明不能の「株の先見性」の賜物ではないだろうか。ちなみに911の直前に航空株が下落を初めていた等の記述もあり、非常に興味深い。誰かこちらの件も調査してほしい。

 

脇道にそれたが、本書ではもう一つの主題として第二次大戦前後の各国の資産家の行動を分析することで非常事態における富の保全方法を模索している。結論を述べると自国内で混乱を生き延びるならば、比較的安全な富は土地*2、特にあまり目立たずに自給自足可能な農地が最適*3であり、もっと良いのは海外に財産の一部を置いておき非常時にはいち早く脱出することだそうだ。筆者はポートフォリオの5%を人里離れた農園や牧場に投資することを勧めている。さらに盗賊対策に銃で武装することを勧めているのはいかにもアメリカ人らしい。

逆にあまり良くない資産としては金、芸術品、債券が挙げられている。前者二つは略奪者から守ることが困難で、後者については敗戦国においては紙くず同然、戦勝国でも株式よりも大幅にリターンが劣っていたということだ。

最後に本ブログの趣旨に最も近い一文があったのでそれを引用して終わる。

「もしかしたら、頭脳や能力が一番持ち運んだり保存したりしやすい富なのかもしれない」*4

*1:『ザ・ハウス・オブ・ノムラ』アル・アレツハウザー,佐高信(訳)ちなみに本書でも参考文献としても挙げられている

*2:建物は簡単に破壊されてしまう。

*3:しかし、日本や東ドイツでは占領者を相手取り土地を保持し続けることは難しかったようだ

*4:p.370